Episode 01渇水期を待ち、
風を読んで
川の中に
橋脚を造る。
Prologue
渋滞を緩和し、産業や人の流れを活性化する、
圏央道4車線化のための「利根川橋下部工事」。
都心から約40~60キロメートルを環状に走る圏央道。都心から放射状に伸びる高速道路や郊外の主要都市をつなぐこの重要幹線では、交通の円滑化を目的として、利根川を渡る2車線の道路橋を4車線化する工事が進められている。新たに2車線分・886mの長大橋を新設するため、河川区域に7基の橋脚を建造することがプロジェクトのミッション。河川や気候を相手にした2年がかりの工事である。
プロジェクトチーム
流れの中に、
高さ50m・直径8mの巨大橋脚を
建設するプロジェクト。
橋脚を造る──それは工場で作る部材を組み立てればできる類のものとは違う。川の地中に深さ27mの基礎を沈設し、その上に25mの橋脚を建設していく現場作業である。高さ50m超×直径8mの巨大な建造物7基を鉄筋とコンクリートで築造し、百年使い継がれるものづくりだ。
水流部(河川内)の建設は、川の流量が少ない「渇水期」にしか行うことができない。11月に始まり、翌5月には撤収することがマストである。限られた時間の中で確実に完成まで導き、かつ作業員と周辺の安全、品質を守る手腕が、施工管理者に求められている。
入社12年目の佐久間健太が前任者から現場を引き継いだのは、この現場で2年目の工事が始まる時だった。渇水期を迎えた頃、台船を利用して工事地点までの動線を確保し、作業を行うための場所(作業構台や足場)を作ることから工事が始まる。水中に埋まる基礎部分は1年目に完成しており、2年目は、その上に橋脚を建造していくフェーズだ。1年目から参加している作業メンバーとコミュニケーションをとり、現場に馴染んでいくことが佐久間の仕事の第一歩となった。
3トンの型枠を、
50cmの隙間にクレーンで設置。
強敵は、川風とスケジュール。
橋脚は、基礎の上に鉄筋を組み上げて、その外側に型枠を設置し、生のコンクリートを流し込んで築造する。これをケーソン工法で基礎ごと川底に掘り沈め、さらに上部を築造するという工程を辿る。7基の橋脚のうち、水流部に造る5基は並行して進行。それぞれの進行管理はもちろん、作業エリアを共有する他業種と作業を干渉させないための調整業務も施工管理者の役割だ。
コンクリートの「型枠」は、陸上で縦5m×幅3mほどのサイズまで組み上げ、クレーンで吊り上げて所定の位置に設置する。所定の位置とは、水上の足場と鉄筋に挟まれた50〜60cmほどの隙間である。その設置は正確で息の合った作業が求められる難度の高い工程だ。重量3トンもある大きな型枠だが、風にあおられればクルクル回ってしまうことさえある。安全のため、風速10mを超えたら作業は中止せざるを得ない。建て込みには、クレーンのオペレーター、玉掛け者、合図者、正確な位置に降ろす介錯者、建込みを行う大工チームなど大勢のメンバーが関わる。腕のいい人員の手配と、風が止むタイミングとの調整が難しい。
一方で、コンクリート打設の日程は何週間も前から確定している。コンクリート材料は製造ラインと直結しているため、この日を逃せば工期が大幅に遅れる。佐久間が「打設がズレたら自分たちがいる意味がない」と断言するほど重要な日だ。打設の日から逆算すれば、型枠設置の期限が見えてくる。使える時間はそう長くないのだ。天気予報をにらみながら、佐久間は設置できそうな日を探っていった。
型枠設置当日。
風は止むのか。
型枠設置の当日は、朝から風速10mを超える風が吹いていた。
8:00の朝礼では、風さえ止めば午後から型枠を建て込めるよう、
メンバーと設置作業の詳細な段取りを確認していた。
しかし、何度天気予報を確認しても風が弱まる気配はない。
正午、「このくらいならやり切れる」という声を振り切って、
佐久間は午後の設置作業中止を通達した。
現場での肌感では、夜中〜明け方頃なら風が止むはずだ。
後工程を考えれば今やりきってしまいたいのは山々だが、
なんとかメンバーを説き伏せ、
風がおさまる夜中から作業することを合意してもらった。
こういうギリギリの判断を飲み込み、納得して再集合してもらえるかどうか、
それこそが日頃の信頼関係が問われる瞬間だ。
14:00、準備を終えて、一旦解散。
再集結
辺りがしんと静まりかえる夜半過ぎ、次々にメンバーが集まってくる。
風速を示す吹き流しを気にしながら、それぞれが作業に備える。
幸いにも風は弱まってきた。冬の空気の中で現場が熱を帯び始める。
勝負の2時間。
風が止んだ。
ここから約2時間、朝6時が作業のタイムリミットだ。
橋脚1基につき、型枠は8枚。1枚15分ほどのペースで進めなければ、
再び作業を持ち越すことになる。
作業構台の上で、大型のクローラクレーンがうなりを上げ始める。
玉掛け作業者が声をかける、型枠は2本の介錯ロープとともに高く吊り上げられ、
足場に向かって移動を始める。
2人の介錯者とクレーンオペレーターが、合図者の声で息を合わせる。
足場にぶつからないよう正確に位置を決め、ゆっくり荷が降ろされていく。
流れるように、大工チームが型枠を建て込みをはじめる。
戻ったクレーンが次の型枠を吊り上げる。
部材は間違っていないか。風が強まっていないか。
クレーンの下に人が入ってはいないか。管理を担う佐久間は、
声を枯らして指示を出す。
緊張感の中、5枚、6枚と建て込みが進み…
鉄筋の周りに、型枠が柱の形を描いていく。
8枚の型枠が収まり、すべての建て込みが終わる頃には、しらじらと夜が明けていた。
「やりきったな」と、全員が疲れた顔をゆるませる。
「誰もケガをしなくてよかった」と、佐久間は胸を撫で下ろした。
全ての橋脚でコンクリートの打設〜硬化が終わり、脱型の日が訪れた。型枠を設置した時とは逆の手順で、朝から型枠がはずされていく。鎧を脱ぐように白い円柱が姿を現すと、現場全体はえもいわれぬ達成感と解放感に包まれた。
「脱型した時に、綺麗な完成形が見える。その時が一番いいですね」と、佐久間は言う。脱型した状態がそのまま仕上りとなる土木分野で、「コンクリートはものすごく重みのあるものだ」とも。
「最後に残るものなので。みんながそこに向かって作業している、全部の集大成。入社当時からそれはもうずっと、今まで変わりません。土木屋はみんなそう思うんじゃないですかね。こんな大きいもの、建設業じゃないと造れないじゃないですか。それに、残るものなので、自分の子供にも造ったと言える。誇れる仕事というか、やりがいというか。自分たちにしかできないことだと思っています」
Profile
施工管理
佐久間 健太Kenta SAKUMA
2010年入社。高校で都市工学を学ぶうち、徐々にものづくりの魅力に気づいたとのこと。「なんとなく、この道に進むんだろう」と思っている頃、先生を通じて野口工務店を紹介されたのが入社のきっかけとなる。入社して良かったと思うかと聞くと、「思います。面白い。だから辞めてないんでしょうね」と小さく笑った。